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くれあ 『海外戯曲リーディング』公演、全7作品、無事に終演いたしました。
観に来てくださったお客様、作品選びのために勉強会に付き合ってくださった皆様、翻訳家の皆様、キャストの皆様、演出家の皆様、外部スタッフの皆様、フリンジ企画にご協力くださった皆様、劇場スタッフの皆様、サポーターの皆様、次世代芸術家のみんな、本当にありがとうございました。どれだけ多くの方の協力があって、この企画を行うことが出来たことか!

すべての千秋楽の打ち上げに、1週目に終了している演出家・キャストの方も大勢参加してくださり、まぁ〜嬉しかったこと!

4年前のせんがわ劇場演劇コンクールの参加を機に、たくさんの仲間に出会い、一緒にこのような大きな企画に参加でき、また多くの演劇を愛する仲間と出逢えたこと、本当に幸せなことだと思います。

さぁ、また演劇の素敵さを多くの方と共有できることをやることができたらな〜と思います。
地道に地道に、コツコツですね〜。

この企画にお力を貸してくださったすべての皆様に感謝です!幸あれ!!!
くれあ はい!ドタバタばたどたくれあです!
本日〜〜〜場当たりでした!
素敵な美術・照明・音響・衣裳を合わせての世界!
演出の加納さん曰く、とても美しいそうです!
私たち俳優は、客席からは観られないので、残念ですが、加納さんのこだわりが素敵にコラボしているようで、嬉しいな〜〜〜!
アルゼンチンの戯曲+花組芝居加納幸和さん!
さぁ〜〜〜どんなリーディングになるのか、それは劇場でしか体験ができない!!!
ドッキドキのバックバク!
でも、でもでも〜〜〜!すべての力を借りて、そしてすべてを信じて突き進むのだ〜〜〜!
いつもだけどさ、多くの方に観てほしいの!
私の役名は「マリーナ」です。
すでに、この「マリーナ」を愛しています。
「マリーナ」頑張ってんだ。3人姉弟の長女っす!
「サンティアゴ」という弟と、「アグスティーナ」という妹がいます。そして「ママ」がいます。「パパ」はいません。
親のいる人、そして子供のいる人に観て頂きたい。
母子の現実。それぞれの人生。
考えてしまいます。
日本もアルゼンチンも、一緒。
だって人間だもの・・・
文化は違えども、人間だもの。(by 相田みつお)
芝居しながら、色々なものと向き合ってます。
皆様にもぜひ一緒に体験して欲しい。

「観に来て〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

マリーナ(くれあ)に、私たち家族に会いに来てください。
(あ、動かないくれあと過去にお伝えしましたが、動きます。あ、MOMENTSのようには動きませんけどね。ま、お芝居だけなので、確実にいつもと違うくれあです。見た目も違うくれあです(?)ま〜ね、役者ですから〜!ほほほ!(やっべ、ハードル自分であげてる)

15日19時半
17日16時
18日19時半
上演時間60分!の2000円!
せんがわ劇場です!
新宿から約25〜30分!
京王線仙川駅から徒歩3分!
劇場の設計は世界の巨匠安藤忠雄氏!
遠いな〜と思うかもしれないけど、新宿から30分!
遠いかな〜?でもね、仙川いい街よ!
ご都合つきましたら、ぜひぜひ観にいらしてください!

よろしくお願いします!
明日はゲネプロです!楽しみます!へへへ!


くれあ 昨日から海外戯曲リーディングのアルゼンチン戯曲『悲しい心はどこへ行く』の稽古が始まりました。
7チームの中で、稽古始まりが一番ラストだったので、ドッキドキできたが、いや〜〜〜やばい!楽しい!!!ほんっとに楽しい!!!
演出は花組芝居の加納和幸さん!
花組芝居の舞台を先日観劇し、期待値100%で迎えた稽古初日!
もう〜〜〜思った通りでした。
一応ね、リーディング公演なので、普通の芝居のように、動けないわけですよ。
でもね、しっかり言葉に心の行動を乗せていく。緻密に繊細に!
言葉だけでもしっかりと立体化していきますよ〜〜〜!
言葉だけでも、しっかり相手役に働きかけていきまっせ〜!
親子の切ない話だったりするのですが、加納さんの演出がつくと、なんだろ?あのね、おかしいんだよ!おかしいのよね、切なくて!
わたくしくれあは、なんと!長女役!!!実際は末っ子!いえ〜い!これが芝居の楽しいところ!普段の自分と違う人を体験できちゃうぜい!
母と弟と妹!!!あ〜〜〜妹が欲しかったのよね〜私!
今回の妹も弟も、色々と大変だけど・・・母もね・・・長女頑張れ!
長女って、大変なのね〜〜〜でもね、実際末っ子のおいら、末っ子も色々大変なのよね〜そうよそうよ!みんな大変なのよね〜生きていくって!!!それが人間!それが人生!そして家族なのね〜〜〜!アルゼンチンだって日本だって、おんなじよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

ふ〜〜〜

さぁ、今日も稽古だ!るるるるるん!!!

楽しくてテンション高いくれあです!
よ〜〜〜〜し!今日も演出加納さんと、母=松浦佐知子さん・弟=小林弘幸くん・妹=藤谷みきさんと、演出助手=櫻井拓見さんと一緒に『悲しい心はどこへ行く』を探す旅へ行ってきます〜〜〜!

って、みなさん〜〜〜観に来てください〜〜〜!
くれあ、MOMENTSではぜ〜ったいにやらないような役です!
ぜ〜〜〜ったいに面白い!昨日の稽古で確信しました!
ほんとにほんとに観に来てほしい!
2月15日19時半/17日16時/18日19時半 
上演時間は約60分!料金は2000円!
ぜひ劇場へ!
ご予約は、くれあ専用予約フォーム!またはメッセージをくだされ!
どうぞよろしくお願いいたします!


くれあ さて、せんがわ劇場「海外戯曲リーディング」フリンジ企画もいよいよ最終回となります!
2月2日の木曜日!
なんと〜〜〜2部構成なのです!!!
2月2日の2部構成!!! にゃんにゃんにゃん!!!
頑張るね〜企画運営部!!!
で、何するの?
今回は〜なんと!シンポジウムをするそうです!シンポジウム?一体何するの?説明しよう!!

<シンポジウム第1部>17時〜18時半
タイトル
『戯曲は音楽だ。演技は言葉だ。』〜翻訳劇の上演とその姿〜

簡単に言うと、戯曲を翻訳するってどんな仕事?ってことかな。
素晴らしいゲストをお招きして、色々と語って頂きます。どんなお話が聞けるのか楽しみです。翻訳するご苦労や裏話?などをお聞きしてから戯曲を読んだら、また新たな発見がありそうです!海外の戯曲を身近に感じるチャンス!ぜひ劇場へ!

■ゲストスピーカー
青井陽治((演出家・翻訳家・訳詞家・劇作家)
■聞き手
篠原久美子(劇作家)
■進行
常田景子(翻訳家)

<シンポジウム第2部> 19時〜21時
タイトル
『せんがわから世界をのぞく』〜異文化とうまく付き合うコツ〜

こちらは戯曲から離れて、世界各国で様々な活躍をなさっている方をゲストとしてお招きし、異文化とうまく付き合うコツ!を教えてもらっちゃおう!という企画!

素敵なゲストはこちらの方々!
■巻上公一(超歌唱家・JAZZ ARTせんがわ総合プロデューサー)
日本のみならず、アメリカ、ヨーロッパ、ロシアなどで音楽活動を行い、ヴォイスパフォーマーとしても世界中で知られる巻上公一氏。
■南條 勉(元外資系会社員)
日本マイクロソフト「オフィス日本版」開発責任者であり、ホームステイによる国際交流の推進に尽力されている南條勉氏。

世界を舞台に活躍するお二人をゲストに、翻訳家常田景子氏を交え、文化の違いから生じる価値観の相違や国際交流の重要性をお話しします。

司会進行は、なんと!佐川大輔が務めさせて頂きます。
大丈夫なのか?大ちゃん?
緊張して変なこと言っちゃだめよ!
あーそれが心配!
大丈夫大丈夫、大ちゃんならできる!きっと楽しくやってくれる!!

皆様、こちらも楽しい企画です。
ぜひぜひ、多くの方に聞きに来て頂きたい!

そしてそして、その一週間後2月9日から始まる「海外戯曲リーディング」を楽しんで頂きたい!
たぶん普段、演劇の本番舞台しかご覧になっていない皆様、演劇の裏をちょこっとのぞいてみませんか?楽しいと思うのです〜!

ご参加希望の方、くれあへの直接メッセージでも下記劇場へのお申し込みでも大丈夫です!料金はもちろん無料!!!
ご連絡お待ちしております!

<お申し込み>
劇場窓口またはお電話(03-3300-0611)にて
お名前、連絡先(電話番号)、参加希望(1部or2部、すべて)、お住まい(市区町村まで)をお知らせの上お申込ください。

<料金>
無料

<定員>
100名(お申込順)
※定員に達していない場合、当日参加可。

詳細はこちら!
くれあ 「楢山節考」inマカオ 日報マカオ劇評翻訳その2

マカオ日報 2016年12月8日

「楢山節考」 古い枠組みを破り、新世代の覚醒をうながす

李  爾

 英国のEU離脱は多くの論者をひどく驚かせたが、その後のデータ分析によれば、35歳以下の英国の若者たちは68%が英国のEU残留を望んだにもかかわらず、65歳以上の老年者はEU残留支持がわずか36%だったことがわかった。このためEU離脱国民投票は多くの人たちから「世代間の争い」と称された。さきの米国大統領選挙も、トランプ氏の勝利が人々を驚かせたが、事後の統計発表によれば65歳以上の選挙民の53%がトランプ氏に票を投じていた……などなど、世の中を見渡せば英国・米国の事例は決して偶然ではなく、世界をおおう危機的な騒ぎは、まさにこの「世代間の争い」が広がったことのあらわれであり、これを背景として「楢山節考」という演劇を見るとき、舞台を離れても大いに考えさせるものがある。

演劇空間(マカオ)の主催する「2016年度小劇場芸術交流計画4ヶ国共同公演」が先ごろ佰家文化創意空間で行われた。東京のTheatre Momentsが携えてきた「楢山節考」は、日本の作家・深沢七郎(1914~1987)の同名の小説を脚色したものである。1956年に深沢七郎は短篇小説「楢山節考」でデビューを果たし「中央公論新人賞」を受賞して文壇に躍り出た。戦後世代の作家として、深沢七郎はふるさとに伝わる伝承と伝統民謡にインスピレーションを得、時代の宿命的な悲劇を顧みた。その後、小説は日本の木下恵介監督と今村昌平監督によってそれぞれ1958年と1983年に映画化され、木村作品はその年の「キネマ旬報」で年度ベストワンに輝き、今村作品は1983年のカンヌ映画祭でグランプリ「パルムドール賞」を受賞して世界にその名を知られることとなった。

そしていま同じ物語がTheatre Momentsの手の中にある。いかなる舞台が繰り広げられるのだろうか。

上演冒頭は先ず日本伝統の紙芝居の形式をつかって「楢山節考」のあらすじに触れながらギャグを交えて気分を盛り上げ、劇場空間の雰囲気を作り出し、同時に原作をよく知らない観客に芝居の基本的な流れを理解させる。行き届いた仕掛けだ。紙芝居の最後の1枚が引き抜かれると、木枠の後ろにいた女優が即座に若いころのおりん婆に姿を変え、「楢山節考」の物語が自然と流れはじめる。

上演の基本線は原著の流れに沿っているが、明らかに加筆したところが2ヶ所あるのに気がついた。
そのひとつは山に行く前夜の場面である。原作でこの場面は簡単な記述にとどまり、銭屋宅の老父の又やんが辰平宅に逃げ込んだあと、おりんに さとされて戻ってゆく。しかし舞台版ではこの場面のディテールが豊富に加筆されており、又やんが辰平宅に逃げ込んだあと、おりん親子がひとしきり言い争いをし、おりんの「しきたりを守れ」という勧めに対して辰平はこんなふうに反論する。「むかしそういうしきたりが出来たのは食うに困ったからだ。いまは食いものがないわけじゃない。なんでしきたりを変えちゃいけないんだ」
「おれたちの代からはしきたりを改めよう」という訴えを聞いても、おりんはついに受け入れようとしない。
疑う余地なく、いかなる基準で論じても、おりん婆はつけいるところのない「お手本」だ。おりんは子の辰平を心底だいじに思い、嫁がなくなると、力を尽くして後妻を探し向こう村から後家の玉やんを迎え入れ、女当主としての座も明け渡し、魚とりの妙技までも惜しげもなく伝えてやる。母たるものかくあるべしである。おりんは伝統を守り しきたりに従いつつ実に「大局観」をもっており、自らが山に送られ捨てられる運命にあることを拒もうとせぬばかりか、むしろ心からそれに合わせていこうとする。はたして、この偉大なる母がその身をもって守りぬき全うしようとしたのは、一体いかなる世界なのであろうか。

原作小説の末尾は、辰平が家に戻りつくと、長男とその嫁がいかにも嬉しそうに祖母の着物を身につけてはしゃいでおり、祖先をしたい思う気持ちなど露ほども見せぬ様子を見て、哀しみのうちに山にのこした母への思いが一層つのるという場面だ。舞台版の台本では話はここで終わることなく、さらに最後にこのような一節が加えられる。

「25年が経ち、70歳の辰平もまた山へ行かねばならない。山の上のおりんがもしまだ生きているとしたら、今ごろ何を思っていることだろうか」

この問いかけは、脚本家のペンに神が舞い降りてきたと言って過言ではない。脳裏に想像が押し寄せるではないか。まさにその時、年老いた辰平は、わがままで自分勝手で情け容赦のない長男に負われて楢山に向かうのである。辰平が母を送ったときのような、名残を惜しんで一歩ゆくごとに三度振り返るといった光景は決して繰り返されることはない。むしろおおかた又やんのように、子に負われて七谷に来たところで谷底に突き落とされることになるのであろう。わが子を深く愛した母おりんが、わが子を待ち受けるであろうかくも悲惨な運命をもし知ったとしたら、その思いたるやいかなるものであろうか。おりんは悔やむだろうか。あのとき隣家の老人の「おれたちの代からはしきたりを改めよう」という呼びかけに自分はなぜ応じず、理に合わぬ古いしきたりを打ち破ろうとしなかったのかと。

ここで特に注目したいのは、劇団が題材に沿ってテーマ小道具として「木枠」を使い、「しきたりの枠組みをうちやぶる」という趣旨の隠喩として用い、舞台上で千変万化の効果をあげて、深い印象を残したことである。

深沢七郎が1956年に「楢山節考」を描いてから今に至るまで既にまるまる60年が過ぎ、世の中はさまざまに変化した。人類は第二次大戦の戦火から徐々に復興し、人口は増え経済は離陸したが、グローバル政治経済発展モデルが色あせるに従い、今日の世界は先の見えない騒乱や不安感で満ち、争いごとも世代間のみならず異性間、人種間、宗教間でも頻繁にぶつかりあっている。今日の視点でこれらを見据えれば、「楢山節考」のなかの老年者は文字通りの意味を超えてひろく「弱者」を包含するものと言えよう。人類文明の進歩は、強者が弱者を包みこみ受け入れ助け合うものでなければならない。とくに、満たされない思いが広がり、競い合いが日々激しさを増す今日においては、互いが手を取り合い心を通わせ、古い考え方の枠組みを打ち破って新たな出口を見出していかねばならないのである。

今日の老人はかつて青年であり、今日の青年はいつか老人となる。いずれの世代も、背負った責任から逃れようとするなら、それによって害をこうむるのは自分自身であり子や孫の世代である。恐るべき「楢山世界」に陥りたくなければ、「おれたちの代からはしきたりを改めよう」という勇気と知恵を皆が持たねばなるまい。たぶんそれだからこそ、木下恵介や今村昌平、さらには劇団Theatre Momentsに至るまで(さらにはマカオの作家である周桐亦(しゅう・どうえき)もこの物語をもとに「楢山盟(=楢山の誓い)」という小説を書いているが)、「楢山節考」の物語が異なる世代の作家たちによって繰り返し語り直され、時が経てば経つほどますます新たな今日的意義が加わり、尽きることのない思考と反省へといざなうのである。

Joe Tang(李  爾 )さんのFacebookメッセージ
演劇空間(マカオ)主催の「2016年度小劇場芸術交流計画4地域共同公演」
日本の「楢山節考」 観劇ノート
(2016年11月20日 佰家文化創意空間)
1) 日本の有名な小説である「楢山節考」を下敷きに、目下の世界情勢をも受け止めながら、規則への服従と規則の打破の因果のサイクルを考え直すことにより、深くかえりみ思い巡らせるよすがとなる。
2) 「木枠」をテーマ小道具としているが、このチョイスは台本の「既定の枠組みを打破する」という趣旨に呼応したものに違いない。と同時に、舞台上に千変万化の効果をもたらし、深い印象を残す。また、音響も臨場感を際立たせることに成功している。
3) 役者の器量も十分で、演技も的確であり、ひとりがいくつもの役を演じ替わる様子も自在で、身体動作もきびきびとして、ことばが通じなくても心は支障なく伝わってくる。驚くべきレベルのものが展開している。
4) 末尾で見せたグローバルな現代政治情勢の画像は、国際的な視野を物語ってはいるが、ロジックがわかりにくい部分があり、終演後のトークで演出家が画像の解説をしてくれたが(第二次大戦後70年にわたる地球上の出来事)、日本版の制作具合に比べると、わたしは英元さんの意見に賛成であり、日本版(福島事故前後の比較)のほうが妥当というべきだ。
5) 芝居全体の基本線は原著に沿っているが、注目すべき点としては2ヶ所に加筆があり、そのひとつは山に上る前の夜に、原作では銭屋宅のことがあっさりと書かれている(又やんが辰平宅に走り込むが、おりんの勧めで戻る)のに対して、今回の演出では又やんとおりんの間にかなりのやりとりがあり、しきたりをなぜ破ってはいけないのかという疑問がぶつけられる。きまりが多く、旧を改めることが難しい日本の文化的環境のみならず、今日のグローバルな政治経済の大局とも呼応するものがある。
そしてもう1ヶ所は、劇の終わりのところで、小説の末尾に次のような加筆がある。
「25年が過ぎ、70歳の辰平も山に上らねばならない。山の上のおりんがもし生きていたなら、何を思うことだろう」
この問いかけはまさに、世界が今日のような状況に変化した我々の世代に向けられたものであり、何とも心をゆさぶる。
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