くれあっぷ

マレーシア公演稽古開始!

昨日稽古がスタートした。

11月マレーシアで再演する「楢山節考」だ。

その招聘のきっかけは、昨年のマカオでの3か月連続公演。

その時の劇評がネットにアップされていた。
(実はつい最近アップを知って、翻訳をお願いしていた。)

せっかくなので、できた翻訳も載せます。
(泉ユキヲさん、いつもありがとう。)

良ければ読んでくださいませ。

「ネット劇評推進計画 REVIEW」
http://reviews.macautheatre.org.mo/theater/2017/04/1990/

海外劇団のマカオ公演、交流深める
Theatre Moments のマカオ上演3作を評して
(筆者: 糊 塗 | 2017年4月17日)

日本の劇団 Theatre Moments が昨年11月から今年1月にかけてマカオで3つの作品を上演した。日本の文学作品を仕立て替えた「楢山節考」、児童向けの戯曲「雪」、マカオ原作の台本の再演となる「生の葬礼」がそれだ。外国劇団がマカオで3ヶ月のうちに3つの作品を上演するというのは、かなり稀なことであり、マカオの観客らは上演をまとめて見ることにより一外国劇団の創作の道筋が感じ取れた。

家族をテーマにつながる3作品

Theatre Moments が今回マカオで上演した3つの作品の内容はそれぞれ異なっている。「楢山節考」は日本の古典的な小説であり映画化もされた。「雪」は劇団が創作した児童向けの戯曲であり、今回はマカオの劇団員らにも参加を求めて共同制作した。「生の葬礼」の台本はマカオの演劇人である陳飛歴の作だが、日本の役者たちが演じた。とはいえ、3つの作品はともにひとつのテーマを扱っている。家族とは何なのかというテーマである。
「楢山節考」は感動的な孝行話だ。村に受け継がれる残酷な習俗。母と子は社会条理のもと、食に事欠くからと年老いた者を捨てることが道理に外れているとまで疑問を発するでもなく、豁然(かつぜん)として輪廻(りんね)のさだめを悟る。隣家の老いた父親が死出(しで)の送りを前に悪あがきするのを見て、母と子は老人にむしろすすんで山へ行ってはどうかと言い、いのちが実を結び種となって地に埋もれるごとくあれと言う。子が母を山へ送る断捨離のとき、生きて別れる哀しみの雪が満開の花のごとく舞う。日本の名作「楢山節考」は、日本人の生命観が日本人の家族のあり方にどのように影響しているのかが感じ取れるし、日本人でない者から見れば現実を超えた伝統観念と人間性の矛盾が劇的感動を与えてくれる。
これに比べてふたつめの演目である児童向けの「雪」は、家族のありようを直接的に訴えかける。ひとひらの雪がさまざまな場面に降り落ち、雨粒と知り合い恋をして4姉妹を生み育て、ついには親しい者たちを次々と失い、やがて川や海へとひとり漂い流れてゆくしかない。見る者にとってそれは、いのちがたどる道筋をなぞるようなものだ。雪のひとひらは孤立無援の母のイメージであり、日本の深刻な高齢化、よるべなき一人暮らし老人の社会問題にいやでも思い至る。児童向け演劇のジャンルに置くことで、通常の大団円的結末ではなく淡々と哀愁をおびた終わり方で、大人と子供がいのちのことを深く学ぶ場となっている。
3つめの「生の葬礼」が語る父と子の関係は、相互理解に欠けた父と子であって、子は友人の父親の葬式の場ではじめて、自分の父とのわだかまりを解こうと試み始める。「雪」からは母と娘の清らでひたむきな愛を見て取れるが、「生の葬礼」はこれと異なり、父と子の微妙な関係が芝居全体を通して少しずつほぐれていく。マカオ発の戯曲であるがゆえに、そこにある父と子の距離感はある意味でマカオの社会現象の一端を示してもいる。かつてマカオの社会状況は落ち着かず、家族を置いて出稼ぎ先で居ついてしまう人も多く、関係が希薄になっていたのである。
家族のあり方について3作品の切り口は異なるが、家族の関係性を整理してみせ、家族が大多数の人にとって人生のだいじな課題であることを突きつける。Theatre Moments のマカオ公演のおかげで家族というテーマに強い親近感を感じた。

象徴性ゆたかな表現方法

Theatre Momentsの3つの作品の方法論はきわだっている。3つの芝居それぞれに象徴的な意味をこめたモノが作品全体を通して使われる。「楢山節考」の木枠、「雪」のニット帽、「生の葬礼」の雨傘とスーツケースなどがそれだ。これらのモノは、単純に見えてもストーリーの進行にしたがい異なる役割を発揮する。たとえば木枠は日本家屋の戸や窓となり、もともと何もなかった劇場空間に家が建ち上がる。いっぽう、役に扮する男性や女性が次々に入れ替わる「雪」ではニット帽が、時や年齢がちがってもひとつの役を誰がやっているか観客に分かりやすく示してくれる。「生の葬礼」の雨傘はカジノのルーレットにもなれば車のタイヤにもなる。こういった手法は創意工夫のうちに想像力をかきたて、観客も引き込まれる。たとえば木枠はかたくなな社会規範を指し示し、ニット帽は家族の暖かさを伝えるなど、ストーリーの語りかけに深みを与えている。2014年にGodot Art Associationとの共催でTheatre Moments主宰・佐川大輔が演出した「パニック」マカオ上演では、トイレットペーパーだけを使って様々な舞台効果をもたらし、しごく簡単なモノがみごとな効果をもたらす意外性に観客もよろこんだ。
上演した場所設定についていえば、「楢山節考」と「雪」は黒盒劇場(Black Box Theatre)で行われ、「生の葬礼」は Macao City Fringe Festival の演目として屋外の聖ポール天主堂跡広場で上演された。3作品のアレンジを比べてみると、あきらかに黒盒劇場のほうにまとまり感があった。「生の葬礼」は演戯空間主催「小劇場年度芸術交流計画」の一環で2014年に黒盒劇場で上演されたことがあるが、まさに黒盒劇場は葬礼に近しい造りなのである。今回のTheatre Moments版は、役者のせりふが日本語だったため字幕が必要だったのに加えて、舞台が開放空間だったため気が散り、芝居に観客を引き込むのがなかなかたいへんだった。しかし別の面から見れば、歴史的にマカオと日本は宗教の上でも関係が長く、また聖ポール天主堂跡がマカオで宗教上の極めつけの場所であることを考えれば、日本の劇団がこの場所で生と死について語ってみせるのはまた格別なことであり、観客の思いを大いにかきたててくれた。
Theatre Momentsの立て続けのマカオ公演により、劇場でさまざまな「技のたくみ」を見ることができた。短期間滞在型ではあるが、他の外国劇団がマカオでは1~2度の上演をするにとどまるのと異なり、存外に多くのワークショップを行い、限られた時間のなかで試みたなかには、マカオ人の俳優が日本語上演に参加したり、日本人の俳優がマカオの台本に挑戦したりと、遊び心のなかにも決していい加減なところがなく、マカオという小さな場所で示されたまじめでひたむきな上演の姿勢は、マカオと日本の演劇交流をいっそう深めるものとなった。

<写真説明  第16回Macao City Fringe Festival「生の葬礼」上演から(写真は文化局提供>

演目:「楢山節考」
観劇日時:2016年11月20日、夜8時
主催:演戯空間(小劇場年度芸術交流計画2016 ―― 4つの国・地域の共同上演)
上演場所:佰家文化創意空間

演目:「雪」
観劇日時:2016年12月26日、夜8時
主催:Godot Art Association
上演場所:佰家文化創意空間

演目:「生の葬礼」
観劇日時:2017年1月17日、夜8時
主催:マカオ文化局(第16回Macao City Fringe Festival)
上演場所:聖ポール天主堂跡広場

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